師匠に「私 辞めます」と伝えた日から 【MC 佐々木美穂】

カテゴリー/ 佐々木美穂のブログ |投稿者/ Office RUBY

私がBridalの司会を始める事になったのは
先輩にラジオのDJの方がいらして
その方から
「貴女…結婚式の司会やってみない?
今度オーデションあるから…
先ずは受けてみたら?」
の言葉がきっかけでした。

当時 
日本の婚礼司会の
第一人者とよばれた寿太郎氏が経営の
司会事務所のオーデションの話でした。

 

私の心の声➟「結婚式の司会ー!? (・・) 忌み言葉NGとか色々としきたりも覚えなくちゃいけないんでしょ(-“-)… そんなの無理だし。。。」

ですが、
話が進む時って何をどうしても勝手に?進むもので…
私…結果 オーデション行ってました。
そして…
正直 簡単にオーデション受かりました。
でも“大変”なのはココからでした


プロの司会者はオーデションに受かったからといって、直ぐに司会デビュー出来るほど甘いものではありません。
当時 この業界では寿太郎氏の事務所に所属というだけで かなりの信用という土台は出来上がってのスタートでしたが、しかし私自身の力は伴わないわけです。。。
祝典のオープニングからエンディングまで進行表はあっても台本はありませんから、とにかく自分で作り&覚えの繰り返しなのですが、私自身は1歩進んでも2歩下がるかのように成長よりも落ち込みのほうが激しく…デビューして3年くらいは「本当に私はダメなんじゃぁないかな」と365日思っていた程でした。



しかし…
そんな私も
師匠である寿太郎氏をはじめ
先輩方からの叱咤激励の元
何とか形となりました。

気が付くと
結婚式場からご指名も頂けるようになったのです。
そうなると、次の“大変”がやってきました。

 


Bridalの司会が月に20件以上となったのです。1日にトリプルで3組様のご披露宴をお請けする事も珍しくはない状況になったのです。
新人の頃の“口上を覚える”とかそんな事が通り過ぎたのちの次の大変”は「1組様毎にお客様のカラーやこだわりをしっかり受け止めて混乱しないように集中する事」でした。

そして デビューして10年が経過した頃 、私自身の中で変えなければいけない何かを感じましたので、私は師匠である寿太郎氏に「私…今お請けしているお仕事迄で 事務所を辞めたいんです」と申し出をしました。

師匠:「なんで!? ここまできて 君なに言ってるの!?  去年だって 君 トップクラスじゃないのー!」
私:「はい でも もう10年お世話になりました…節目として…それにちょっと私自身思う事がありまして…」
師匠:「もう10年なんて… 君 何言ってるんだよ!…俺なんて40年だよ!! 」

 

40年!!
はい 存知上げておりました。
師匠は大学時代から司会をはじめ
そして
師匠は365日休みゼロ&睡眠時間4時間…
わたくし
10年いましたので存知上げております。


でも
師匠は送りだしてくれました。
きっと
気付かれていたのだと思います。

 

佐々木は 大きな看板から離れて
“専属”ではなく自由の世界で
可能性を探し求めたいのだ…
という事を。 

そして
時の経過は早いものです…
Bridalだけではないのですが

“今も司会者です”

 

でも
何年経過しても いつも思い出す事は
寿太郎事務所で
厳しい環境の元で学んだ事…

師匠は勿論の事
各先輩方から沢山のご指導を頂いた事…

その大切な教訓は
この先 
“何かに躓きそうな事”があったとしても
1番の支えのように思います

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